いろいろな面から自分なりにサッカーをみようとしてるがなんとなく“ほぼ”バルセロナになっています。ソシオだからしょうがないのです、で何か問題でも?

2007年09月13日

アルゼンチン人のずる賢さ

マラドーナの“ゴッドハンド”に代表されるようにアルゼンチン人のフットボーラーに対するイメージは「ちょっとずるいプレーをする」という印象が僕にはある。アトレティコのアグエロもゴッドハンドをやってのけた。バルセロナのメッシはエル・クラシコでゴッドハンドをやってのけた。審判がとらなければ反則ではないというフットボールの常識が彼らをそうさせるのか?「マリーシア」とかいうがアルゼンチンのプレーはそれ以上だと。

サラゴサ対ラシンのゲームを見ていて、アジャラが若い選手と対峙していた。なかなかすばやい選手でアジャラは手を焼いていた。サイドでその選手と一対一になった時、急に手をあげて反則をアピールした。傍から見ると「オフサイドでもないし何にもないよな?」と思うところ。若い選手もそう感じたのか、線審、レフェリーを見るが何もない。その瞬間につけこみ、アジャラはボールダッシュ。
「おおーなんて汚いプレー」と僕は思い、アルゼンチンリーグの汚いプレーをひとつ思い出した。

あるディフェンダーが前のゲームで散々やられたフォワードを抑えるためにしたこと。そのフォーワードと再戦をした時、そのディフェンダーは「凶器“爪楊枝”」を用意していた。フォワードにボールが渡るたびに“爪楊枝”で刺す。フォワードは何かでやられていると訴えるがそのディフェンダーに証拠がない。戦意を喪失したフォワードをディフェンダーは抑えることに成功した。ディフェンダーは訴えられる前に証拠である“爪楊枝”を広いグランドのどこかに刺し、証拠を隠滅したという。

アジャラの“プレー”を見て、そんな話を思い出した。
“爪楊枝”に比べればアジャラのプレーなんてかわいい部類に入るかな。まぁこれもフットボールにおけるひとつの戦術なのでしょうか?

それではまたです。
posted by とお at 20:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 戦術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/55183223

この記事へのトラックバック